あけましておめでとうございます。今年はすがらない。
あけましておめでとうございます。
2010年もついに明けました。
引き続きLock中のジジですが今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、寅年を迎えた今年の年越しは、渋谷の「金王八幡宮」へお参りにいっってきました。
そこでプチ事件はおきました。その日の日記書いておきますのでヒマな方は読んでください。
*
1月1日
まだ暗く寒い寅の刻(4時頃)にこの神社へ向かった私たち。まずはとなりの小さな稲荷神社へ先に行きました。おみくじを引いたところ「大吉」が!
「願い事叶うってわーい!」
とルンルンしながら、本来目的の神社「金王八幡宮」へ行き、眠そうな若い神主さんをおこしジジの祈祷をしてもらう。暗い時間が神聖な雰囲気も手伝い効き目高そうと大満足。厄年ということもあって、大きな弓矢のお守りも買ってみた。これだけ神様に見守られた年明けはあるまい、となんだか心地よくなってくる。
「神様仏様本年もどうぞよろしくお願いします。」
そう願いながらせっかくなので最後にこの神社でもおみくじを引いて帰ることになった。
まあ、2回目だし、と気楽な感じで 茶色い古い木箱に100円いれておみくじを引いた。中身は「末吉」。まあまあそんなもの。さっき大吉だったし別にね。
しかし、その次の大きな一行の見出しで、その気楽さはふっとんだ。
「都合のよいときだけ神にすがる気か。」
ん?もう一度読み直す。
「都合のよいときだけ神にすがる気か。」
ん?
「おまえは神にすがる気か?」
(*「おまえは」と「?」は、イメージです)
な、なにーー? 神社へきておみくじ引かせて、神にすがる気か、って一体どういうこと!?
例えば凶が出たって、「願い事叶わぬ、精進せよ。」のような言葉にとどまるのに、「〜気か?」ってそもそもこんな強気の問いが神様がまつられる神社のおみくじにあっていいのか?
というかさっき5000円払って祈祷して神にすがったばっかりなんですけど!!
いやいや、ここは大人として冷静にこの意味をかみしてめてみよう。
確かに、大吉が出て、いい気になり、祈祷してもらい、それだけで安心し、いや、もっと思い返せば、普段から「あの電車にのれますように神様お願い!」と自己の責任を持たず安易に神にすがっている日々は、確かによくないような気がしてきた。
裏を返せば、大吉でたからって(いいことあったからって)甘えずちゃんと足下見て自分で考えた行動をしなさい、という神様の愛のムチであるにちがいない。こんな私にしかも一年の初日に教えていただけるなんてなんてありがたいお言葉なのであろう。
と、この一連の出来事により今年の私は「神にすがらない」が裏テーマになった。
とはいえ、昨日も毎年恒例になっているスタッフでの明治神宮参拝へもちゃんと行き、神様こんにちはごきげんよう。とだけ伝えてきた。
まわりのみんなに 「これね、すがってるんじゃなくてただの買い物だからね」と言いながらおまもりも買ったし、武井さんから聞いた願いの叶う清正の井戸へも手をあらうだけにいった。
なにごとも気の持ち用です。
神様仏様本年もどうぞやすらかにお過ごしください。
TrackBack URL :
Comments (0)